今回は、前回(Vol.2 スタッツ編 その①ゲーム展開)で語った内容から、さらに踏み込んで戦術観点からアルゼンチンの特徴を読み解きます。
目次
戦術分析
今回の分析対象は、2020年FIHプロリーグ女子のアルゼンチン対オランダ戦です。
「定性分析(数値だけで表しきれない主観的なデータをもとに行う分析)」「定量分析(数値データをもとに行う分析)」の双方の観点から戦術分析を行い、アルゼンチンの特徴を読み解きます。
2020.2.16 FIH Pro League アルゼンチン対オランダ
【アクセス方法】HOME > FIH Pro League Women > 2020.2.16 Argentina vs Netherlands
分析結果
分析の結果、以下3つの特徴があることがわかりました。
特徴① プレスラインが高く、そして自陣で奪う。
- 前からフルプレスを積極的に仕掛け、ガンガン走る(だから頻繁に選手交代)
- 自陣サークル前は人数をかけて厚く守り、相手をサークル内に寄せ付けない
[定性分析]
この試合では、両チームとも高い位置でプレスを掛け合っていた。
その中でもアルゼンチンのハイプレスの特徴は、FW3人とMF4人が連携しオランダのフルバックに対してプレッシャーをかけている点である。
このシーンでは、アルゼンチンのMFがオランダの右サイドハーフをマークすることで、相手DF3人に対してFW3人がそれぞれマークしている。
FWが相手DFへの速いプレスをかけて、相手の選択肢を絞らせることに成功している。
また、相手MFが下がりながらボールを受けざる負えない状況を作り出している。
[定量分析]
【解説】プレスラインが70ヤードを超えており、高めにプレッシャーをかけている。
ただし、オランダと比べると敵陣で積極的に仕掛けていないようだ。
【解説】オランダと比べると、自陣でボールを奪う傾向がある。
【解説】サークル侵入数、シュート数はオランダのほうが3倍近く多い。
シュート数だけみると、2、3点決められてもおかしくなかった。
【解説】一番得点になりやすい、ゴール前からはシュートを打たれていない。フィールドシュートはサイドから打たせてコースを限定できている。
シュート位置を限定できていることが、無失点に抑えた要因と推測できる。
なお、中央からのシュートはすべてペナルティコーナーシュートだった。
特徴② ハイプレスに対する回避方法
- 自陣ゴール付近でも自信を持ってボールを回して相手を翻弄
- フルバックからの強烈なヒットで一気に前線へロングフィード
[定性分析]
相手にハイプレスされている時のアルゼンチンのアウトレットは、フルバック2枚がエンドライン際にポジションを取り、サイドハーフ、MFとトライアングルを形成している。
このシーンでは左サイドラインから相手のプレッシャーを受けるが、エンドラインにいるフルバックにボールを後ろに戻し、右サイドへつなぐ。
アルゼンチンDF#2ソフィア・トッカリーノ のところでオランダFW2人に詰められるも、短いパスを繋ぎつつ再び左サイドへ展開する。
フリーとなった左サイドハーフから余裕をもって、前線へ浮き球のパスを送り敵陣へ侵入に成功している。
このようなエンドライン際のフルバックを使いながらハイプレスを回避するアウトレットのパターンは女子アルゼンチン代表の特徴である。
他のシーンではフルバックからのロングヒットにより陣地挽回をするシーンも多く見られた。
[定量分析]
【解説】オランダと比べ、通過エリア数が多く、細かく繋いでいることが明らかである。
そして、ロングパス、逆展開が多いことから、広いスペースを中心に攻撃をする傾向があると分かる。
【解説】アルゼンチンのクオーター単位の変化を見てもらうと、ボールタッチした位置が、徐々に相手陣地に移動していることがわかる。
1Qは極度に低く回していたが、2Q以降は自陣中央を使いながら、リスク少なくボール回しを行うようにシフトしたと読み取れる。
特徴③ FWのスピード突破
- サイドからドリブルを仕掛け、高速ドリブルで相手を華麗に抜き去る
- 狭いスペースでも相手に奪われない高いキープ力
- 個人プレー中心の攻め方であり、スペースがなく数的不利の状況における打開が課題
[定性分析]
アルゼンチン#12デルフィナ・メリノ は素早いリスタートでプレーを再開させ、#11カーラ・レベッチ へパスをつなぐ。スピードを落とさずパスを受けると、サークル外で相手DFをチョップ(スティックでボールを斜め上から叩きつけ、その反作用を利用して浮かす技術)で軽やかにかわしサークルイン。
エンドラインに沿うようにドリブルすると、相手の足にボールを当て得意のペナルティコーナーを獲得する。
アルゼンチンは、前半からロングパスを中心とした攻撃と高い位置からのフルプレスを繰り返していた。
オランダに疲れが見え始めた後半以降は、アルゼンチンFWのスピードに乗ったドリブルで相手DFを抜き去るシーンが目立っていた。
[定量分析]
【解説】サークル侵入率は一般的に30%前後だが、アルゼンチンは14%と極端に少ない。
【解説】ロングパスによる23m侵入ではラインアウト、インターセプトで終わっている。これは単発の攻撃で終わっていることを示している。
アルゼンチンは高い個人技を有するが、グループで守備を打開するシーンがほとんど見られなかった。
サークル前で数的不利の状況となるため、精度の低いパスが多くなった結果、ラインアウト、タックル・インターセプトが多くなっていると考えられる。
まとめ
これまでのアルゼンチン対オランダの対戦成績(2013年以降)は、11戦中3勝8敗とアルゼンチンが大きく負け越しています。
今回のアルゼンチンは、強者の戦術、弱者の戦術として有名な「ランチェスターの法則」でいう、弱者の戦術の「局地戦」「一騎討ち」で戦っているようです。
守備側の人数が多く、スペースが少ない自陣で厚く守り、ボールを奪っています。
さらには、シュートコースを限定し、有効なシュートを打たせていませんでした。まさに「局地戦」と呼べる戦い方です。
攻めについては、基本は「一騎討ち」。
前線にロングボールで送り、リスクを低減しつつ、スピードあるドリブルを活かして、少ないチャンスをものにしました。
この定石通りの弱者の戦術が見事にハマり、完封勝利しました。
日本がオリンピックで戦うときは、アルゼンチンは強者の立場。その時に、どのような戦術をとるのかとても興味深いです。
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